トランプ政権とクリーンエネルギー転換(サマリ)

2025年1月にトランプ氏が大統領に再就任した。バイデン前大統領が進めていたパリ協定復帰や気候変動対策、IRAによるクリーンエネルギー投資促進策は見直され、トランプ政権は「エネルギーの独立と優位(Energy Dominance)*1」戦略の下で化石燃料産業重視の政策を次々と打ち出している。

*1: エネルギーの自給自足(Energy Independence)を超え、世界のエネルギー市場で主導的な地位を確立する考え。この背景には、貿易赤字の縮小や同盟国への影響力強化などの狙いも存在する。

トランプ大統領は1月20日の就任式当日、「不公平かつ一方的なパリ協定から直ちに離脱する」と宣言。パリ協定からの再離脱に踏み切る大統領令に署名した。米国は世界で2番目に温室効果ガスを排出している国だが、この決定で再びイラン、リビア、イエメンなどと並びパリ協定不参加国の一員となった。​これは2017年に続く2度目の離脱表明であり、国連のグテーレス事務総長は「世界の気候変動対策努力を損なう」と深い懸念を示している。​

また、同氏は環境保護庁(EPA)をはじめとする行政機関の気候変動対策の巻き戻しに着手した。就任当日、「国家エネルギー非常事態」を宣言し、各省庁に対し、エネルギー開発を阻害する規制の棚上げを指示する大統領覚書を発出。これにより、新たな環境規制はトランプ氏が指名した人物が任命され承認するまで凍結され、バイデン前政権で未公表だった規則は撤回されることになった。

こうした措置は「化石燃料産業への過剰な規制を撤廃し、エネルギー価格を引き下げる」狙いとされている。しかしこれでは、規制緩和により温室効果ガスや大気汚染物質の排出削減が遅れ、公衆衛生や環境に悪影響が及ぶ。なお1期目では100を超える環境規制の撤廃・緩和が行われ、第2次政権でも同様の方針が踏襲される見通しだ。さらに、最も影響力のあるとされる国家環境政策法(NEPA)の適用範囲を狭めて、連邦政府による開発プロジェクトの環境影響評価を簡素化/短期間化する策も検討された​。例えば、連邦政府の関与が限定的なインフラ計画について詳細な環境審査を不要とするルール変更が進めば、大規模パイプライン建設などの手続きが加速する可能性がある。ただし過去の歴史から、これら一連の環境規制後退に対して、全米の環境団体や一部州政府から提訴される可能性もある。​

トランプ大統領は “drill, baby, brill” を合言葉に、石油ガス・石炭産業の復活を公約しており、この分野への積極支援策が打ち出されている。就任初日には前政権が禁止していた連邦政府管轄地での石油・ガスの新規リース(採掘権売却)の停止措置を撤回。​具体的には、アラスカの北極圏国立野生生物保護区(ANWR)の原油掘削を再び解禁する大統領令に署名し、米沿岸域計6億2,500万エーカーに及ぶ新規沖合油田・ガス田開発の禁止措置も取り消した​。これにより、トランプ政権は北極圏やメキシコ湾などでのエネルギー開発を再活性化させる意向を明確にした。さらに1期目で推進していたパイプライン建設計画にも再挑戦する構えだ。過去の政権下で中止されたカナダからの大型原油パイプライン Keystone XLや、環境抗議の標的となっていたDakota Access Pipeline(DAPL)について、法的なボトルネックの克服を図り建設再開を模索するとみられる。​

天然ガスについても、バイデン政権末期にエネルギー省が一時停止していたLNG輸出プロジェクトの許可審査を再開させた。実際トランプ政権は、シェール革命の成果を最大限活用すべく、国内のガス生産増強と海外輸出拡大に力を入れる方針だ。他方で石炭産業も規制緩和の恩恵を受けている。例えば、石炭火力発電所に対するCO2排出規制が棚上げされたことで、新規の石炭火力発電や既存設備の延命が容易になった。トランプ氏は石炭産業について「クリーンで美しい石炭」と称賛し、炭鉱労働者の雇用回復を訴えてきたが、安価なガスや再エネへの転換による市場環境の悪化で石炭需要は低迷が続いている。しかし規制面での後押しに加え、連邦政府による石炭産業向け補助的な施策(例えば炭鉱労働者向け再訓練支援や炭素回収技術への補助など)が検討されているとの報道もある。

クリーンエネルギー政策の後退可能性

トランプ政権は再生可能エネルギー分野への連邦政府支援を大幅に縮小・停止し、市場任せにする姿勢を鮮明にした。就任初日に署名された大統領令では、連邦水域での洋上風力発電のための新規リース(海底貸与)を一時停止し、陸上・洋上を問わず風力発電プロジェクトに対する許認可や融資の審査も当面停止するとしている。この措置の背景には、トランプ氏が風力発電を「景観を損ね、鳥を殺す」と敵視し、安全保障上のリスク(レーダーや航行への悪影響)もあるとして批判してきた経緯がある。実際、大統領令には「連邦政府の風力事業には法的瑕疵や安全保障・環境上の懸念がある」と指摘する文言が盛り込まれ、包括的な見直しを行うよう指示した。この結果、バイデン政権で拡大が期待された洋上風力産業は停滞を余儀なくされ、関連する企業投資も慎重姿勢に転じた。太陽光発電についても、連邦政府の支援策は軒並み見直されている。IRAで強化された太陽光発電設備や蓄電池に対する税額控除・補助金制度について、トランプ政権は「政府による無駄な市場干渉」として縮減を図る構えだ​。

一方、税制優遇の変更には議会の承認が必要なため、全てを大統領権限だけで覆すことは困難である​。実際、共和党が多数を占める現行の議会においても、クリーンエネルギー産業が多く存在する州の議員は、自州への投資恩恵を守ろうとしており、IRAで制定されたエネルギー税額控除の全面撤廃には反対する声もある​。このような状況下、補助金へのメス入れは慎重に行なわざるを得ないというのが実情だろう。

トランプ政権は再生可能エネルギーそのものを露骨に排除しているわけではないが、連邦政府としては市場への介入を避け、採算が合うなら勝手に普及すればよいとの立場だ。よって、風力・太陽光は、補助金カットや規制緩和(化石燃料側のコスト低減)によって相対的に競争力を低下させうる。しかし、発電コストが低下した再エネは既に多くの州で経済的に有利であり、たとえ連邦補助が縮小しても急激には後退しない​。実際、テキサス州やアイオワ州など共和党地盤の州でも風力・太陽光は主要電源となっており、2024年時点で全米50州に計13万人超の風力関連雇用が存在するとの指摘がある。トランプ政権の再エネ冷遇策に対し、こうした州や企業は引き続き独自に再エネ導入を進める意向であり、民間レベルでのクリーンエネルギー転換の流れは容易には止まらないだろう。

また、データセンターの影響も無視できないだろう。各国がAI覇権を握るべく熾烈な競争を繰り広げている。データセンターによる電力消費は、米国内電力需要の4.4%から28年には~12%に達するという見方もある。留意すべきは、データセンターを運営するビッグテックは、近いうちにカーボンニュートラルもしくはそれ以上の目標を達成しようとしていることだ。特にGoogleやMicrosoftは24/7クリーンエナジーを調達することを目標としており、太陽光や風力だけに依存しないポートフォリオを組成しようと、原子力や地熱の開発・PPA締結を推進している。このような背景は、引き続きクリーンエネルギーへの投資を加速させる原動力となる。

EV政策の変化

この分野もトランプ政権の下で方針転換が起きた。バイデン政権がIRAで導入したEV購入時の税額控除(最大7,500ドル)は、トランプ氏によって「市場を歪める不要な優遇策」と見なされ、撤廃の対象となった。2024年11月の大統領選勝利後、トランプ陣営の移行チームは早速このEV補助の廃止を検討し、連邦議会での税制改革法案に盛り込む方針が報じられた。この動きには石油業界が強く支持を表明しており、移行チームの座長には大手シェール企業CEOのハロルド・ハム氏が就任した。興味深いのは、米国最大のEVメーカーであるテスラ社もこの補助金撤廃を支持する姿勢を示していることだ​。イーロン・マスクCEOは「補助がなくなれば我が社の販売にも多少影響はあるが、競合他社には壊滅的打撃を与えるだろう」と述べ、補助恩恵で追い上げる新興EVメーカーや老舗自動車メーカーを出し抜く好機になるとの考えを示している。実際、補助廃止の報道直後にはテスラ株は下落したものの、競合EVメーカーの株価はより大きく急落し、市場は「補助金撤廃=テスラ相対優位」と受け止めた節がある。ただし、税額控除の撤廃は議会審議を要するため、実現には政治的ハードルが存在する。共和党主導の現議会でも地元にEV関連工場を誘致した議員らは補助維持を望んでいる。また、EV普及策の巻き戻しも進んでいる。運輸省は2025年2月、インフラ投資法に基づき各州に交付予定だったEV充電インフラ整備予算(50億ドル規模)の執行を一時停止し、事業の見直しに着手した。​また新車の排ガス規制も緩和される見通しで、2035年までに新車販売をEV100%と定めたカリフォルニア州の計画にも影響が及ぶ可能性がある​。総じてトランプ政権はEVよりも内燃機関車産業に重きを置き、ガソリン車の燃費基準引き下げや再エネ電力によるEV充電網への公的支援縮小といった措置で、自動車業界への規制負担軽減を図っている。しかし、自動車メーカー各社は既に巨額のEV投資を行っており、市場も将来的なEVシフトを織り込んでいるため、連邦政府の方針転換によっても企業戦略が元に戻る可能性は低い。米国がEVで出遅れれば、中国や欧州に市場を奪われる懸念だってある。

政策変化の影響

第2次トランプ政権の政策は、米国内外のクリーンエネルギー投資に複雑な影響を及ぼしている。一方では、IRAによる追い風を受けて2023年〜2024年にかけて米国のクリーンエネルギー分野への投資額は過去最高を記録した。実際、2024年に再生可能エネルギー、EV、建物電化、カーボンマネジメント技術への投資額は2,720億ドルに達し、前年比16%増となっている。バッテリー工場やEV関連の新規製造拠点建設も相次ぎ、過去2年間で950億ドルの製造投資が着工された(直前2年間の4倍以上)​。これらはバイデン前政権期の政策インセンティブが引き金となったものだが、足元では、政策の先行き不透明感から新規投資計画のペースには減速の兆しも見られる。2024年後半には一部の太陽光・蓄電プロジェクトで計画の見直しや延期が報じられ、クリーンエネルギー製造設備の新規発表額は過去2年合計で970億ドルと、それ以前の2年(1,190億ドル)から約18%減少した​。このまま、米国に向かうはずだったクリーン産業への投資が、欧州や中国に流れる可能性もある。

また、バイデン前政権下で一部緩和されていた輸入関税をトランプ政権が強化すれば、米国での太陽光パネル価格などが上昇し導入が鈍化する懸念がある。トランプ政権が国際的な気候資金拠出を削減すれば、途上国でのクリーンエネルギープロジェクトへの資金流入にも影響し、米国企業の海外市場開拓機会が減る可能性もある​。このように、トランプ政権のクリーンエネルギー政策転換は直接・間接的に投資動向を揺さぶっている。

このエネルギー政策転換は、日本に対してもいくつかの側面で影響を及ぼしうる。その一つが日米間のエネルギー貿易だ。トランプ政権は貿易赤字の削減と同盟国への資源供給拡大を狙い、同盟国に対して米国産エネルギーの購入を働きかけている。特にLNGについて、トランプ大統領と石破首相は2025年2月7日の首脳会談で「日本による米国産LNGの輸入拡大」で合意した。米国側の対日貿易赤字是正要求と、日本側のエネルギー安全保障上のニーズが一致した格好だ。実際、日本のLNG調達先に占める米国の割合は近年上昇傾向にあり、2024年には輸入量の約9.6%(634万トン)を米国産が占めた(オーストラリアやマレーシアに次ぐ供給源となる)。

これまで日本は、クリーンエネルギー市場において、米国と協調し技術開発等を進めてきた(水素・アンモニア燃料など)。これまで論じてきた米国の方針転換は一定のリスクを孕むものの、依然として日本が米国と協調できることは多い。AI覇権争いの中の電源調達戦略や、PPA市場の拡大、プール制などの電力市場運営方法など、このブログを通じて、今後も日米の懸け橋となるような情報を積極的に発信していきたい。